被写界深度の浅い写真

写真の被写界深度 : 樹林帯から遠景を撮るヒント

2004年3月13日


樹林帯の中を行く低山歩きで遠望の山峰を撮影するときに、大口径の望遠レンズを使うと近景の邪魔な枝をボカして目立たなくすることができます。今回はいかに被写界深度を浅くするかについて考察します。

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下の2枚の写真は、同じ場所(丹沢・畦ヶ丸付近の稜線)から撮影した富士山ですが、用いたカメラやレンズが違います。写り方の違いが分かりますでしょうか?左はデジタルカメラ(f=8.7 mm F2.8→F9.8 240万画素 対角15 mm CCD)で撮影したもので、右は一眼レフカメラ(f=180 mm F2.8 対角35 mmフィルム)で撮ったものです。焦点距離が大きく異なりますが、視野が同じになるようにデジタルカメラの写真をトリミングしてあります。どちらも遠景の富士山に焦点を合わせていますが、手前を塞ぐ木々のボケかたが随分違いますよね。

FinePix

【写真1】デジタルカメラ, f = 8.7 mm F2.8 (F9.8)で撮影

NikkorED180mm

【写真2】35mmフィルム 一眼レフカメラ, f = 180 mm, F2.8開放で撮影

奥行きがどれだけ違っても焦点が合うか、という指標を被写界深度といいます。左のデジタルカメラは被写界深度が深くて遠景にも近景にも焦点が合っている一方で、右の一眼レフでは被写界深度が浅くて近景はボケているのです。
丹沢や奥多摩といった低山歩きでは、登山道はひたすら樹林帯の中を行くので、なかなか展望が開けません。このような状況で遠景の山岳展望を撮るときには木の枝が邪魔になりますが、被写界深度が浅い写真を撮ることで邪魔な木の枝をボカして目立たなくすることができます。被写界深度の浅い写真は、人物のポートレートや草花のアップなどで背景をボカして印象的にする効果もあります。
もちろん、画面の全体に渡ってピントが合っている方が望ましい場合もあります。そのような場合は、絞りこんで被写界深度を深くした方がよいわけです。コンパクトカメラやデジタルカメラは被写界深度が深くて、ピンボケによる失敗が少ないわけです。

レンズの被写界深度

【図3】レンズの口径・焦点距離と被写界深度の関係

それでは、被写界深度は何で決まるのでしょうか。それは、レンズの口径Dと焦点距離fで決まります。焦点距離とは、無限遠の被写体に焦点を合わせたときの、レンズから焦点面(フィルムやCCDなどの受光素子を置く位置)までの距離です。このときの屈折角をθ0とします。D=2f tan θ0という関係式ですね。 被写体までの距離がdのときは、焦点の位置が焦点面より奥に移動し、焦点面では像がボケます。このボケの半径Rが大きいほど被写界深度が浅いわけです。薄肉レンズ近似をすると、屈折の法則はtan θ1 + tan θ2 = tan θ0という関係が成り立つので、これを用いると、
tan θ1 = D /2d
tan θ2 = D /2fd
2R = 2(fd - f) tan θ2 = D - 2f tan θ2 = D - 2f(tan θ0 - tan θ1) = D -D + fD/d
= fD/d
 … (1)
と与えられます。つまり、ボケの度合いRは、焦点距離fと口径Dとの積で与えられるのです。口径Dは絞り(口径比)Fを使ってD=f/Fと書くことができますので、
2R = f2/Fd …(2)
とも書けます。焦点距離が長いほど、また、絞りを開けるほどRが大きく被写界深度が浅くなるわけです。

具体的な数値を代入してみましょう。d =10 mの距離にある木の枝がどれくらいボケるでしょうか。一眼レフのケースでf=180 mm, F=2.8の場合は、2R=1.17 mmになります。フィルムの粒子の大きさは1μm程度、完全な光学系での回折による広がりが8μm程度ですから、2Rはそれに比べて100倍以上のサイズ(面積でいうと10,000倍以上)に広がったボケボケの状態なわけです。 一方デジカメのケースでf=8.7 mm, f=9.8の場合はd=10 mに対して2R=0.77μmで、CCDのピクセルサイズ(約10μm)に比べて十分に小さく、焦点が合った状態になるわけです。

式(1)を見ると被写界深度はレンズだけで決まってカメラの種類(デジタルかフィルムか)には無関係のように思えますが、実は大事な要素です。それは、受光素子のサイズと画角と焦点距離の関係です。通常の一眼レフカメラはフィルムの対角線が35mm(横30mm×縦20mmくらい)、プロ用の機種となると645版(60mm×45mm)とか6×7版(70mm×60mm)などと大きいのに対して、デジタルカメラのCCDサイズは小さいです。写真1のデジタルカメラでは12mm×8mmと、35mmフィルムの40%ほど。高価な一眼レフタイプのデジタルカメラでも20mm×13mmくらいで、35mmフィルムの70%程度です。このため、35mmフィルムカメラで撮ったときとおなじ画角をデジタルカメラで確保するためには、焦点距離をその分だけ短くしなくてはなりません。デジタルカメラの仕様で、「35mm換算焦点距離」というの記述があるのはこのためです。CCDのサイズが小さい分だけ「35mm換算焦点距離」に比べて真の焦点距離は短いです。 35mmフィルムと同じ画角を得るためには、デジタルカメラでは焦点距離が短め…このため、式(2)に照らし合わせると被写界深度は深く、手前の木がボケてくれないのです。フィルムと同様のサイズのCCD素子があればこの問題は解決しますが、大型のCCDは製造が難しく非常に高価です。一眼レフタイプのデジタルカメラが、コンパクトデジタルカメラより高価なのはこのためで、今後の製造技術の向上に期待したいところです。

ソフトウェアによるぼかし

【写真4】写真1を元に画像加工ソフトウェアでガウスぼかしをかけたもの。

ところで、Photoshopなどの画像加工ソフトウェアを用いると後処理で像をぼかすことができます。写真4は写真1を元画像として「色域選択」(明度220以下)してから「ガウスぼかし」フィルター処理(半径4ピクセル)したものです。富士山の手前をふさぐ枝がボケて目立たなくなりました。でも、前景の山並も選択されてボケているのは不自然です。丁寧に木の枝だけを手作業で領域選択してから「ガウスぼかし」を適用すればよいのですが、とても手間がかかりますし、そのような加工をしたものはもはや写真とは呼べないように思われます。やはり、大口径望遠レンズを使った自然なボケ味がいいです。

デジタルカメラにはもちろん、軽い、小さい、撮影枚数が多い、時刻が記録される, 撮った写真をその場で確認できる、webに掲載するのが楽、失敗しにくいといった長所があり、山に持っていくには便利です。一方で、一眼レフカメラには被写界深度の浅い写真を撮れるほか、電池が切れても極寒の条件下でもシャッターを切れる(機械式カメラの場合)、といったメリットがあります。目的に応じて、それぞれの長所を活かした使い方をするのがいいでしょう。私はデジタルカメラは常に携行し、荷物の余裕がある限りは一眼レフ+望遠レンズを持っていくようにしています。


最終更新日 : 2004年3月13日

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