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ミーム主導の経済的な世界 



物質やエネルギーといった資源をどれくらい消費するか、という観点で遺伝子とミームを比較してみましょう。
単純な自己複製子として地球に誕生した遺伝子は、自己複製をより有利に安定して行うために、さまざまな資源を使うようになりました。遺伝子自体が核酸という有機物なので増えるには資源を獲得する必要がありますし、活動するためのエネルギーを代謝しなくてはいけません。外界の変化の影響を緩和するために膜を張り、より住みやすい環境を求めて移動する手段も身に付けます。資源獲得の目的で他の生物を捕食するヤツが現われてからはもう大変。喰う・喰われるの苛烈な競争に勝ち残るため、生物は身体を組織化・大型化・高速化を試し、爆発的に多様に進化しました。大型で高速な動物は資源獲得競争に強いですが、その分資源も浪費します。人間はその最たる資源浪費家ですね。食糧生産のために農地を開拓し、肥満するほど摂食し、温度変化を緩和するために冷暖房し、雨風を凌ぐために家を建てるなど、遺伝子の延長された表現型に多大な資源を投入していて、今や地球上の資源が枯渇するほどです。
翻って、ミームはどれほど資源を消費するのでしょうか。人間の文化的な活動も、やはり多大な資源を消費しています。文字媒体である紙やインクや計算機, 音楽媒体のレコードやCD, 絵画や彫刻や建造物などの芸術作品, 流行の服飾やアクセサリー, 移動するための交通手段, 通信手段であるネットワークや携帯電話等々…。現代人がミームのために消費する資源は、遺伝子のためのそれより、きっと多いでしょう。地球上の資源は有限ですから、そうするとミームの繁栄はいつか頭打ちになってしまうのでしょうか。資源を節約しながらミームが繁栄する道はあるのでしょうか。
ミームは思想ですから、それを複製するのはヒトの脳などの情報処理系です。ですから、物質的媒体に保存されたミームも、信号に変換されてから脳などの情報処理系で複製され、新たな物質的媒体に保存される、という過程を経て繁栄します。例えば、文学作品というミームは紙という媒体に記録されており、それをヒトが読むことで視覚神経を伝わる信号に変換され、脳内で情報処理がなされ、新たな執筆活動を生みます。消費される資源のほとんどは印刷媒体であり、脳内の情報処理にはあまり物質やエネルギーを要しません。ですから、ペーパーレスにミームを複製できれば資源を節約できそうです。実際、計算機ネットワークの発達によって、紙媒体の通信(郵便物)は電子媒体のメールへと急速に移行しつつあります。美術や音楽などの芸術も、美術館やコンサートに出かけるだけでなく、デジタル化されたオンライン上の情報で楽しむ機会が増えました。山行記録の載ったサイトを見て、山歩きをしたような気分を味わうことも…。
さらに突き詰めると、ヒトが外界から得る体験というのは五感を通した知覚に還元でき、それは感覚神経が刺激を電気信号に変換して脳に伝えるという物理現象ですから、電極を使って脳に直接信号を送ることで「見てきたような」経験をさせることも可能になるはずです。また、話す, 書く, キーボードを打つなどの運動も、脳が運動神経に信号を送って筋繊維に刺激を与えることで実現するのですから、その信号を電極で受けて機械を操作することも可能になるかもしれません。実際、そのような研究 が行われていて、比較的簡単な動作については実現しているそうです。
映画「マトリックス 」では、計算機が社会を支配して、ヒトは計算機が脳に直接送り込む仮想現実という夢を見ている、という世界が描かれていました。計算機に支配されるのは人間性を否定するイヤなものですね。でも、資源が限られている中でミームが繁栄する、別な言い方をすると多数の人々が高度に文化的な生活をするためには、資源を浪費する物質世界を断ち切って仮想現実に生きるという選択を迫られるのかもしれません。松田卓也さんが「田中角栄的発展か明るい寝たきり生活的省エネ社会か 」というエッセイで分かりやすくまとめています。ミームが遺伝子に打ち勝って主導権を握る世界に、人類は向かっていくのかもしれません。
(次こそ最終回) 

Posted: 金 - 1月 20, 2006 at 11:08 PM      コメントを読む/書く


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