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ユーザーイリュージョン 



Tor Nørretranders著, 柴田裕之訳「ユーザーイリュージョン −意識という幻想」(紀伊國屋書店)を読了。人の意識(consciousness)について追求した大著だ。私達の意識は、世の中のできごとををありのままにとらえているわけではない。人間の感覚器からは毎秒1000万ビットもの情報が脳に送られているが、その大量の情報は無意識によって処理され、意識に上ってくるのはせいぜい毎秒14ビットだという。つまり意識は無意識が作り上げている幻想を見せられているに過ぎないのだ。錯視が起こるのは、眼の光学系が捉えた画像を無意識が情報処理してパターン化するからだし、視野中の盲点に普段は気付かないのも盲点の部分のイメージを無意識が勝手に補間処理してしまうからだ。耳に入ってくる振動(音)から言葉を拾い出すのも無意識の仕業であり、だから雑踏の中でも自分の名前を呼ばれると気付くし、習得していない外国語の歌詞で「空耳」が聞こえたりする。
感覚だけでなく、行動を起こすときにも意識は無意識による幻想の影響を受ける。人が意識して行動を起こすとき、例えば「手でこのボタンを押そう」と思ったときには、脳から手の運動神経に命令が電気信号が伝えられるわけだが、その様子を脳波を測定してみると興味深い事実が浮かび上がるという。実際にボタンを押すという行動が開始するのは、脳内に「準備電位」という電位の増加が現われ始めてから0.8秒も経過した後なのだ。これは、私達の実感と合わない。0.8秒というのは認識できるほどの長い時間だ。私達の行動は、そんなにノロマだろうか?いろいろ測定してみると、準備電位の始まりは意識より0.5秒先立っている、ということが分かってきた。意識する前から行動(の準備)が始まっている!?つまり、実は行動の決断は無意識が行っており、0.5秒してから無意識から意識へと「自発的に決断したかのような」幻想が伝わる、というのである。意識は、無意識の作ったシミュレーションの世界に閉じているのだ。(ちなみに、意識が関与しない反射行動は0.8秒よりずっと短時間に起こります)
この事実には、結構衝撃を受けました。意識が幻想を見ているというのは心理学の入門で習っていたけど、行動まで無意識が司っていて、意識はそれにダマされていたとは。大ヒットしたMatrix という映画ではコンピューターが世の中を支配して人間に幻想を見せているという世界を描いていたけど、無意識が見せる世界はまさにそれだ。仏教の諸法無我ってのもこれかしらん。
本書ではさらに挑発的に、「人類の歴史に意識が誕生したのは3000年前」というジュリアン・ジェインズの学説を引用する。ホメロスによる古代ギリシアの叙事詩「オデュッセイア」に、意識を持たない人間たちが内なる声(無意識)に従って自動人形のように行動する様子が描かれていて、意識が登場し始めた時代の書物だというのだ。うーむ、それならピラミッドは意識を持たない人達によって建造されたのだろうか?この点については何とも同意しかねるが、意識の起源を探るというのは興味深い事柄です。 

Posted: 火 - 11月 8, 2005 at 11:36 PM      コメントを読む/書く


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