せんえんおね

甲斐駒・仙丈・間ノ岳 山行記録

2001年9月6 - 8日


仙丈ヶ岳から塩見岳まで伸びる長大な尾根は仙塩尾根と呼ばれていて、訪れる人も少ないややマイナーなコースです。苔むすコメツガの樹林帯の中、静かな山歩きを楽しむことができます。特に危険な箇所はありませんが、途中に山小屋もなく長時間の歩行を強いられますから、テントや非常食などの万全の準備が必要です。このルートの北半分、仙丈から三峰岳を越えて熊ノ平までを歩いてきました。熊ノ平からは間ノ岳・北岳という人気のコースで戻るという、野呂川源流をぐるっと囲むような経路をとりました。

9月6日 野辺山−(JR)→伊那市−(JRバス 高遠経由)→ 戸台口−(長谷村営バス)→北沢峠11h15m → 北沢長衛小屋12h15m → 駒津峰14h10m → 甲斐駒ヶ岳15h10m → 北沢長衛小屋17h30m
9月7日 北沢長衛小屋4h05m → 仙丈ヶ岳8h00m → 野呂川越11h40m → 三峰岳15h40m → 熊ノ平17h00m
9月8日 熊ノ平5h00m → 三峰岳7h00m → 間ノ岳8h00m → 北岳11h00m → 広河原14h40m

経路図はこちら

previous山行記録一覧へ

第0日(9月5日)

野辺山で運営委員会・所員会議・北大11m鏡受信機開発打合せがあるため、ザックを持って出張。観測所宿舎に宿泊する。


第1日(9月6日)

長谷村営バス

戸台口で長谷村営バスに乗る。

北沢峠から入山するためには、小海線・中央線・飯田線、さらにバス3本の乗り継ぎをしなければならない。観測所を5:35発。野辺山駅6:11発の小海線に間に合うよう急ぎ足で歩く。小淵沢発6:47の中央線で岡谷まで行き、飯田線で伊那市まで。伊那市からはまず高遠までのバスに乗るが、8:47の発車まで間があるので、昨日の出張のために持ってきた書類などの余計な荷物を宅急便で三鷹に発送した。
高遠から戸台口までのJRバスには乗客は自分一人。戸台口では一人ぽつねんとバス停に立っている横を、次々とダンプ車が砂ぼこりと轟音を撒き散らして行き交う。

北沢峠行きの長谷村営バスに乗るのは4回目で、これまでと同様に運転手による案内は巧みな話術で飽きさせない。窓からは仙丈や甲斐駒・鋸がよく見える。
11:15に北沢峠着。ここで「仙丈ヶ岳付近は幕営禁止」という表示を目にする。今晩は薮沢カールにテント泊する予定で、手持ちの「山と高原地図 甲斐駒・北岳 (1994)」にも薮沢カールにテント指定地マークが打ってあるのを見て計画していたのに、どういうことだろうか。長衛荘の小屋番に尋ねたところ、薮沢カールにある仙丈避難小屋が「仙丈小屋」として営業するようになり、幕営が禁止になったようだ。地図は最新のものを参照する必要があることを痛感。明日は仙塩尾根を通って熊ノ平までの長丁場なので、仙丈小屋に宿泊することも考えたが、「あす早立ちすれば北沢峠から熊ノ平までたどり着けるだろう」と、長衛小屋キャンプ場に幕営することにした。

長谷村営バスの車窓から

長谷村営バスから甲斐駒の眺め

仙水峠のガレ場

仙水峠のガレ場

そうすると今日の午後はまるまる空き時間となるので、足慣らしの意味も含めて甲斐駒まで往復することができる。テントを設営して身軽になったザックを背負い、12:15に出発。仙水峠からは摩利支天と甲斐駒山頂が目の前に高くそびえている。ここからの急登をこなして14:10に駒津峰に到着。登山としては遅い時間帯のためか、すれ違ったオヤジに「今から甲斐駒に行くの?」と非難めいた口調で言われる。

駒津峰から先は人とすれ違うことが無い孤独の世界で、急斜面の岩場に張り付いているときに上空を飛ぶ航空機のジェット音が寂寥感を増す。
15:10に甲斐駒登頂。つい30分前まで晴れていたのに、山頂はガスに覆われてほとんど何も見えない。8年前に来たときも濃霧の中だった。甲斐駒とは相性が悪いようだ。早々に引返して16:00駒津峰。さらに16:30に双児山を経由して北沢峠へのジグザグ下り道を急ぐ。樹林帯にはベニテングダケやイッポンシメジなどがまだ小さい笠を伸ばしている。

六方石から甲斐駒山頂

六方石から甲斐駒山頂を望む

今晩の宿

今晩の宿

17:30に北沢長衛小屋キャンプ場のテントに帰着、と同時に雨が降り始めた。テントの中でアルファ米とみそ汁の夕食を摂り、早速就寝。雨は夜中に止んだようだ。


第2日(9月7日)

4時に出発するために2:30起床。ゆでマカロニ鮭フレーク和えの朝食。
テントについた雨露をスイムタオルで拭き取っていると、突然ヘッドランプのライトを浴びせられて「今日はどこまで行くの?」と声をかけられた。隣のテントに泊まっていたオヤジのようだったが、びっくりするではないか。

北岳・間ノ岳と富士山

北岳 - 間ノ岳稜線と富士山

4:05北沢峠発。まだ暗いのでヘッドランプの灯を頼りに歩みを進めるが、ときどき雲間から顔をのぞかせる月明かりはありがたいものだ。2合目くらいまでくると薄明で周りがはっきりとしてきた。北岳の稜線をシルエットにした朝焼けが天気の好転を予感させる。

甲斐駒を振り返る

甲斐駒を振り返る

4合目くらいから後続のパーティの声が聞こえはじめ、5合目で追いつかれた。単独行の青年と、おばさん3人+おっさんのパーティ。おっさんからど「どこまで行くの」と尋ねられ、「熊ノ平まで」と答えると、「途中に苳ノ平があるけど苳なんかないよ」とか「高望池のところに水場があるよ」などと聞いてもいないことをいろいろ教えられた。

森林限界を過ぎ這松の斜面を登り始めると、甲斐駒への稜線がはっきりと見通せて昨日歩いた径路がよくわかる。小仙丈を過ぎると薮沢カールが足下に見下ろすことができ、以前避難小屋があったところに立派な山小屋が営業している様子が見えた。あれが仙丈小屋か、あいつのおかげで幕営禁止になったのだな、と恨めしく眺める。反対側には小仙丈沢カールと仙丈ヶ岳、そして彼方に北岳から間ノ岳に連なる稜線が見える。

小仙丈沢カール

小仙丈沢カール

仙丈ヶ岳山頂

仙丈ヶ岳山頂はもうすぐ

仙丈ヶ岳山頂に8:00着。さっきまでの視界がガスで消されてしまった。ここから大仙丈まではもったいないほどの下り。大仙丈は仙塩尾根の中の小ピークで、どこが「大仙丈」なのかと思う。
大仙丈からの急坂を降りると二重山稜のくぼみが高層湿原のようで美しい。雲の切れ間から、この先歩く仙塩尾根が見える。遠い。「なぜあんなに下まで降りるのか…もったいない」などと勝手なことを思う。樹林帯に入った中を急降下が続き、ときどき小さな登りが現れる。あちこちにフォアキャスト・ビバークに適した空き地が点在しており、「この辺に泊まれば楽できたのに」とイケナイことを考える。

やがてバイケイソウの群落が現れ、ここが苳ノ平だ。さらに苔生す樹林帯の中を上り下りしていると伊那荒倉岳山頂。ここから一気に下ると高望池だ。池は干上がっているがキャンプに適した美しいサイト。水場は50m先にあるが、在庫に余裕があるので補給はしない。今回は2リットルのポリタンクの他に500mlのペットボトルを用意し、水分を小分けに飲めるようにした。「高橋尚子が飲んで勝った」というVAAMの粉末を溶かし込んであり、筋肉に乳酸が貯まるのを防ぐのがねらい。

仙塩尾根の途中から

仙塩尾根の途中から仙丈を振り返る

少し登った先に露岩の独標があり、ここで青いレインウェアを着た単独行の青年に会う。眺めが良く、北岳から間ノ岳への稜線、これまで歩いてきた仙塩尾根、そしてこの先の道がはっきりとわかる。まだ先は長い。
独標からの下りで、赤いレインウェアを着た単独行の女性とすれ違う。「どこまでですか」と聞かれたので、「熊ノ平まで行ければと思っているんですけど」と答える。「行けますよ。私は熊ノ平から来たんです」「ちょうどこの辺が中間ですね、ではお気を付けて」と励ましあう。下りきったところでリスが道を横切った。そういえばさっきすれ違った女性は眼鏡をかけていて秋月りすににていたな、と思い出し、「秋月さん」と勝手に命名する。
横川岳への登りで、独標であった青年を追い越す。ここからの下りきると、やっと仙塩尾根最低鞍部 (2,300m) の野呂川越だ。11h40mに到着。槍ヶ岳の西鎌尾根とほぼ同じ切れ込みの鞍部だが、とにかく長いしアップダウンの連続なので体力はずっと消耗する。コースタイムより1時間縮めているが、下りの連続でアキレス腱を酷使してしまった。靴と靴下を脱いで足を休める。さっきの青年が両俣小屋の方へ降りていった。無理して熊ノ平まで行かずに両俣小屋にエスケープする道もあるが、なんとか熊ノ平をめざして出発する。

深い森の中を登り詰めてゆくが、なかなか樹林帯から抜けることができない。倒木は苔にびっしりと覆われ、あちこちにベニテングダケが生えている。進んでも進んでも、道が上り一本調子ではなくアップダウンを繰り返すので、なかなか高度を稼げない。だんだん体力も消耗してきて、急登では10歩すすんでは立ち止まって息を整えるまでにバテてきた。やがてガスが濃くなったと思うと雨が降り出した。レインウェアを取出して身に付け、ザックもカバーで覆う。雨は徐々に強くなり、風も出てきた。三峰岳はまだか。ようやく這松帯に出たが、風雨と濃霧で先が全く見えないなかでのペース配分はどうすればよいか、高度計を持っていないのが悔やまれる。少し先にみえる岩頭が三峰岳か、と思いきや、登ってみるとまだ急登が続いている。
そんなことを3, 4回繰り返すと、15h40mにやっと三峰岳山頂に着いた。野呂川越から三峰岳まで、コースタイムでは3時間のところを4時間かかったことになる。風雨は勢いを維持しており、周囲は全く見えない。三国平までの下りは痩せた岩場で、足をかばいながら降りる。30分ほど降りたところで、疲労困ぱいのため小休止していたらすこしウトウトしてしまった。いかんいかん、疲労凍死してしまうではないか。

雷鳥の家族連れ

雷鳥の家族連れ

気を取り直して進んだ先にある小ピークで、這松にたたずむ3羽の雷鳥と出会った。かわいい。脅かさないように注意しながら写真を撮る。
やがてなだらかに開けた三国平を過ぎ、再び樹林帯の中を急降下してゆくと、ようやく熊ノ平キャンプ場の脇を通って熊ノ平小屋に17h00mに到着。肩で息をしながら受付をしながら小屋番のおばさんに「今日は泊まる人いますか」と聞くと、誰もいないという。テン場も含めてサイトを独り占めだ。雨が小止みのうちにテントを張り始めたが、また降ってきた。テン場のすぐそばに水場があり、実にうまい水が湧いている。マカロニを茹でて鮭フレークをまぶしたパスタ料理と、ワカメ入りキムチスープの夕食を摂って、雨がテントを叩く音の中、脚のストレッチをしてから眠りにつく。


第3日(9月8日)

モルゲンロートに染まる塩見岳

モルゲンロートに染まる塩見岳

寒さで目が覚める。雨は止んだようだ。まだ0h40m。レインウェアを着込んでもう少し眠る。
2h30m頃にテントの外に出ると、月明かりの中でも星がきれいに見える。東には農鳥岳が月光に照らされて幻想的な光景。ゆっくりと朝食の準備を始める。基本的に昨晩と同じメニュー。テントに付いた雨露をスイムタオルで拭き取り、絞るように畳んでザックに詰め、5h00mに出発。

三国平から農鳥岳

三国平から農鳥岳の眺め

雲一つ無い晴天で、井川越から三国平に登る稜線からはモルゲンロートに染まる塩見岳や、はるか彼方に木曽駒や宝剣岳を擁する中央アルプスや山頂の平らな恵那山、そして北には乗鞍から笠ヶ岳、穂高・槍、立山・剣と続く北アルプスが望める。三国平からは、間ノ岳と農鳥岳との間に富士山が顔をのぞかせ、その左から日が登ってきた。

仙塩尾根

昨日歩いた仙塩尾根を三峰岳から見下ろす

7h00mに着いた三峰岳山頂ではすっかり晴れた青空。昨日苦しめられた仙塩尾根を通じて仙丈ヶ岳と甲斐駒がよく見える。ここで晴天の下レインウェアを乾かす。30分もしてすっかり乾いたレインウェアを畳んでザックにしまう。

三峰岳山頂

三峰岳山頂にて

間ノ岳山頂にて

間ノ岳山頂にて

三峰岳から間ノ岳はすぐそこに見えるが、左足のくるぶしとアキレス腱との間のところに痛みを感じており、長い行程に感じられる。庇うようにしながら8h00mに到着。山頂には5,6人がいて、さすがに白峰三山は人気があるなと思う。

次にめざす北岳へは3,000mの稜線歩きで、アップダウンもあまりなく快適。ガスが出たり晴れたりの繰り返しで、時折昨日歩いた仙塩尾根を見下ろすことができる。中白峰への途中の小ピークで休憩していると、単独行のヒゲオヤジが「ここが中白峰?」と聞いてきた。「さあ、あっち(前方を指して)じゃないですか」と答える。中白峰を過ぎて北岳山荘への下りでは、北岳が巨大な姿で目の前に迫ってきた。9h40mに北岳山荘に到着。

北岳が目の前

北岳が目の前に迫る

ここからは八本歯のコルを通って大樺沢から広河原へ下る予定だが、北岳山頂に寄っていくかどうか悩ましいところ。北岳山頂に向かう登山道と八本歯ノコルへの分かれ道のところで、さっきのヒゲオヤジに会い、八本歯ノコルへ向かう私を見て「北岳に行かないの?」と聞く。
「バスの時間に間に合うかどうか」
「最終、何時だっけ」
「15h47mです」
「北岳を通って肩の小屋から降りたら?」
「私遅いんで、八本歯ノコルから降ります。でも時間があったら北岳まで空身で行くかも」
といった会話を交わす。
八本歯ノコルへのトラバース道を通ったところで、北岳山頂往復を決断する。ここにザックを置き、ペットボトルをウエストポーチに入れて空身で稜線を駆け上がる。山頂にあとわずかのところでヒゲオヤジに追いつき、「なんだ、やっぱり来たの」と言われる。
北岳山頂に11h00mに到着。ザックを置いてから30分で来れた。北岳はこれで4回目だが、相性よく毎回晴天に恵まれて、今回も360°の展望が得られた。さすがに人気の山で、山頂は20人以上が楽しんでいる。
時間がないので下山を始め、11h20mにデポしたザックに到着。八本歯ノコルへのはしごは、登ってくるひとが多いので待つことしばし。大樺沢に入ると吹いてくる風が熱くなる。ガスも湧いてきて展望が無くなってしまった。バットレスにはいくつかのパーティが取付いている。左足の痛みをこらえながらの急降下。それにしてもすれ違う登りパーティの多いこと。こんなに遅い時刻で大丈夫?二股にはコースタイム以上の時間をかけて13h00mに到着。
今年は夏が暑かったせいか、大樺沢の雪溪が今まで見たことが無いほどに小さくなっている。よく知った道を下っていくが、広河原までの1時間半がなんと長いことか。ときどき水を飲んでザックがだんだん軽くなっているはずなのに、逆に重くなっていくように感じるのはなぜか。「こなきザック」と命名する。
14h30にようやく広河原山荘の脇に到着し、野呂川にかかるつり橋を渡って14:40に広河原バス停到着。3日間の山行がようやく終わった。
バスが来るまで1時間ほどあるが、タクシーの運転手が「客が集まれば甲府まで2,000円で行くよ」という。それまで運転手と雑談しながら待つが、バスで降りる人はなかなか来ない。結局バス発車時刻直前になってようやく、高知大の学生5人と高齢の単独行者を拾ってジャンボタクシーで甲府へ向かった。甲府に17h10mに到着。17h32m発の高尾行き列車に乗って帰途に着いた。


感想やコメントの書き込みはこちらへどうぞ
初出 : 2002年6月9日, 最終更新日 : 2004年2月12日

ページの先頭へページの先頭へ

山行記録一覧へ山行記録一覧へ