武蔵境5h00m発の中央線に乗り、大月で富士急行に乗り換える。薄明の中、車窓から三ツ峠山が大きい。モルゲンロートに染まる富士山が姿を現した。でかい、そして美しい。沿線に住む人はこの迫力ある富士山を毎日眺めているのか、と羨ましく思う。 富士吉田駅に7h07m着。バスターミナルで7h25m発のバスを待つ。7h20mにやって来た道志小学校行バスに乗る際に、運転手さんに「平野に行きますよね」と確認する。バスは山中湖の南側湖岸を走るので、明神山の登山口である東電寮を通ることがわかり、平野より近道できる。 |
山中湖の東端にある東電寮バス停から眺める明神山(鉄砲木ノ頭)は、カヤトに覆われた山肌が明るく、お椀を伏せたようなこんもりとした山だ。登山道は落葉松の林の中を緩やかに登る。野鳥の地鳴きを聞きながら、柔らかな朝日を浴びて登るのは爽快だ。8h25mにパノラマ台に到着。多数の写真愛好者たちがカメラを富士山に向けている。確かにここからの富士山は絶景だ。一人の中年写真家に「今朝の富士山は素晴らしいですね、モルゲンロートに染まっていましたよね。」と声を掛けると、「雲が全然出てないからつまらないんだよね」と言う。芸術写真とは難しいものだ。山中湖の向こうには南アルプスの山並。北岳から赤石岳までがずらっと並ぶ。なんて贅沢な眺めだろう。 |
パノラマ台からはススキの原を登る。丸っこい火山礫がザレた坂道は富士山麓ならでは。8h59mに誰もいない山頂に到着。山中諏訪神社の社が建っているので、手を合わせる。 |
ここの眺めはパノラマ台のそれに輪をかけて素晴らしい。何といっても富士山。裾野まで遮るものは何も無い完全な姿で、余計な形容は無用。南アルプスは甲斐駒から兎岳までが見える。北には石割山と御正体山が間近に聳える。先月歩いた大室山はこの角度だと格好良い錐体だ。南東には箱根や伊豆の山々。夢中になって写真を撮りまくる。 ふと気付くと、4人の中高年男性パーティが到着して記念写真を撮ろうとしており、シャッターを押すのを頼まれた。おっ、ニコンFE2ではないか。「私のカメラと同じですね」と言うと、「そう、これは名機だよね」「私も20年近く使ってます」と話が弾む。一緒に山座同定したりと、つい山頂に長居してしまった。9h29mに出発。 |
北側斜面には霜柱が厚く、ザクザクと踏みしめて歩くと子供の頃の遊びを思い出す。山頂からはよく見えなかった東方向の丹沢の稜線も見えるようになった。手前には丹沢湖、そして右手には相模湾が朝日にキラキラと光っている。なんて幸せな気分。空気のキリリとした冷たさも心地よい。 |
切通峠を過ぎ、ここからは東海自然歩道を進む。高指山への上り坂は西側が開けたカヤトの道。富士山を左手に見ながらの登りはペースがゆっくりになるので疲れを感じることがない。10h30mに高指山到着。ここからは富士山の手前に山中湖が配置されるという構図なので、またも写真を撮りまくる。南アルプスは塩見岳以北が大平山に隠される一方で、聖岳が見えるようになった。たくさんの中高年登山者が富士山に向いたカヤトの斜面に腰をおろして、水彩画を描いている。なんと心豊かな趣味だろう。一声かけてから写真を撮らせてもらう。 「私達なんか撮らないで富士山撮ったら」 「もう撮りました。優雅な人達がいらっしゃるのを撮っておきたくて」 「男たちに料理を任せて、(絵描きを)楽しんでるんですよ」 なんて会話を交わす。 |
バラシマ峠を過ぎたカヤトの小ピークに10h58mに到着。真新しいベンチがあり、誰もいなくて静かだし、これより先の稜線は樹林帯となるので、予定より早いけどここで富士山を眺めながら昼食にしよう。餅を煮たところにフリーズドライのキムチスープとほうれん草タマゴスープを投入した、なんだかよくわからない雑煮だが、味は結構いける。冷気の中での温かい汁は最高の贅沢だ。11h22mに出発。予定より1時間ほど遅れていて、バスの時刻にとっておいた1時間半のマージンが残り少ない。 |
尾根道の植生にブナの割合が増えてきて、富士五湖から丹沢への遷移を感じさせる。花崗岩が風化してザレた斜面も丹沢らしさを醸し出す。カエデの落葉も多く積もっており、紅葉の時期にはさぞ見事であろうと想像させる。主道は大棚ノ頭を巻いているが、せっかくなので山頂に行ってみる。12h08mに登頂。樹林帯の山頂で展望はよくないが、御正体山の山容が大きい。山伏峠への道を左に分けるが、東海自然歩道への復帰は踏み跡程度の心細い道だ。 |
佐久間東幹線の送電鉄塔の脇を通るところは樹林が切り開かれて眺めがよく、南に箱根の明星ヶ岳・金時山・神山、そして芦ノ湖の光る湖面を見ることができる。石保土山を12h42mに通過。細かいアップダウンを繰り返すも、樹間に見え隠れする眺めを楽しみながらのんびりペースで歩くので、全く疲れを感じない。南東には相模湾、南西には芦ノ湖の向こうに駿河湾が見える。こんなに海がよく見える稜線だったとは意外で、嬉しくなる。 |
東に進むにつれて、北側の御正体山の右肩からは遠方の山が次々と登場する。山座同定クイズ!「さて、次の問題です。この山の名前は何でしょう」と出題されているようだ。雲取山?いや、大菩薩嶺かな。雪をかぶったあれは金峰山だよな。おお、八ヶ岳が見えてきたぞ…などと推理するのが楽しい。下山後に写真と地図とで照合しよう。 |
油沢ノ頭を13h39mに通過。目指す菰釣山は目前だ。ブナノ丸に14h00mに到着。ここで出会った単独行のおっちゃんは大型ザックの他にカップ麺などが入ったビニール袋を4つも携えている。今夜は菰釣避難小屋に泊まるという。菰釣山方面の写真を撮っていると「随分可愛らしいデジカメだね」とか「あれは菰釣じゃないよ、菰釣はその奥」などと聞いてもいないことを言われる。目つきも怪しくちょっと不気味な人なので、先に行ってもらう。菰釣山頂で再会するのだが。 |
菰釣山に14h18mに登頂。標高1379mで今回の最高峰だ。ブナの木がまばらに立つ山頂で、眺めは全開とは言えないが写真を撮るには十分開けている。半逆光の富士山は立体感があってよい。八ヶ岳も見えている。眺めを楽しみながら、ドリップコーヒーとクッキーで一服する。おっちゃんと山頂に二人きりで、これも何かの縁と「クッキーいかがですか」と差し出すと、「持ってきてるからいいよ。みかんをもらおうかな」と言われるのでみかんを渡す。頭上のブナの枝にはヤマガラが何羽か遊びに来ていて、写真に収めることができた。今日の山歩きを締めくくる幸せな一時。 なのに、おっちゃんが気象観測装置の説明文を読み上げたり「山伏峠の標識は正しくない」などと独り言をブツブツ発しているのは不気味だぞ。あーあ、タバコを吸い始めたせいか野鳥が逃げてしまったではないか。はぁ、一緒にいるのがこのおっちゃんでなく楽しい人ならいいのにな、と思う。あっ、吸殻を捨ててはいかんよ。注意しなくてはならないが、逆上されるのだけは避けたいので、なるべく穏便に「持って帰ってくださいね」と吸殻を拾って手渡す。山で本当に怖いのは、ヘビでもヒルでもなく、ヒトだと思う。 |
14h45mに山頂を後にする。ブナノ丸まで一旦戻ってから、御正橋への尾根道へ進む。しばらくはほぼ平坦な杉林の中の稜線歩きで、右手に丹沢主脈を、左手に逆光の富士山を眺めながらのお散歩気分。前ノ岳をいつの間にか通過すると傾斜が急になり、伐採地の斜面のつづら折れを行く。大室山や丹沢主脈の山を見渡せる。足下には道志川沿いの集落。太陽が今にも富士山に沈みそうで、冬至の陽の短さを知る。道は尾根の西側斜面を巻き、植生が松林に変わる。松葉が降り積もって踏み跡が不明瞭になるほど。 |
15h57mにスカイバレーキャンプ場のバンガロー脇に降りる。ここからは車道歩きで、御正橋バス停に16h15mに到着。ここは御正体山への登山口でもある。国道のバス停で16h35m発の都留市行バスを待っていると、バス停前の家から、干してあった野菜を取り込みにばっちゃんが現われて、「寒いねー」と声をかけてくれる。 「都留市行きのバスって来ますよね」 「ここで待ってればいいよ。御正体に登ってきたかね」 「いえ、菰釣に行ってきました。山中湖から」 「そうかい、次は御正体に登ったらいいがね」 なんて会話を交わす。人のよさそうなばっちゃんで、話していて楽しい。「もしよかったらお孫さんにどうぞ」とハチミツ飴を渡す。16h40m頃にやって来たバスには乗客は私だけ。都留市駅に17h25m到着。17h33m発の特急フジサン号で帰途についた。 |