鬼怒沼 山行記録2004年5月22 - 23日 初夏の尾瀬は観光客や登山者で賑わいますが、南西に連なる黒岩山から鬼怒沼山への稜線は殆ど歩く人のいない静かなコースです。大清水から物見山を越えて鬼怒沼湿原を散策し、途中でテント泊して尾瀬沼に抜ける山歩きを計画してみました。しかし、残雪の多い中、黒岩山から先の道を見つけることができず、引き返してきました。 |
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5月22日 新宿−(関越交通夜行バス)→大清水3h50m → 湯沢出合5h05m → 物見山7h50m → 鬼怒沼湿原9h02m/10h10m → 小松湿原入口12h50m → 黒岩分岐付近13h47m → ビバーク16h00m |
今シーズン初運行の新宿発大清水行き夜行バスは、20人程の登山者を乗せて定刻22h50mに出発。乗客はみなマナーよく、車内の静寂が保たれているので、熟睡できた。まだ薄暗い大清水に3h40mに到着。レストハウスで準備体操し、水も汲んで、薄明の中を3h55mに大清水橋を渡って出発。ブナや岳樺や落葉松などの雑木林の中、根羽沢の渓流沿いの林道は空気がひんやりと冷たい。今週ずっと雨が多かったためだろう、沢が増水している。シャクナゲ色に染まる東方向に、めざす物見山がそそり立つ。 |
4h35mに大薙沢出合に到着し、朝食としてパンを二つ食す。ここからようやく登山道らしくなる。落葉松林に野鳥の囀りが響いて楽しい。5h05mに湯沢出合。湯沢の徒渉点は増水しているため丸木橋を渡るしかない。湿って滑りやすい丸太を、四つんばいになって恐々渡る。すぐに物見山に続く尾根への取付き。ここでカモシカに出会った。走り去って、遠くからこちらの様子を伺っている。お邪魔しますね、と心の中でつぶやいて立ち去る。 |
アズマシャクナゲやイワナシやミツバツツジなど、ツツジ科の可憐な花が励みになる。頁岩の露頭が興味深い。四郎岳の非対称山陵や燕巣山の沢筋には残雪が見られる。やがて、燧ヶ岳が姿を現すのを眺めて感動。 |
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7h50mに物見山山頂に到着。シラビソに覆われた展望のない山頂にルリビタキが出迎えてくれたが、すぐに隠れてしまった。代わりに、メボソムシクイがやって来て声高に囀りを披露する。山頂から東側の斜面には深い残雪。雪庇の上から鬼怒沼湿原を見下ろすことができ、早くあの池塘のほとりを歩いてみたいとワクワクする。 |
ところがここから難儀した。登山道は残雪の下に消え、踏み跡もない中、ルートを探さなくてはいけない。地図によると、尾根伝いに標高2040mまで降りてから等高線に沿って南へトラバースし、2020m峠点を通過してから2039m標高点の北側を巻いて鬼怒沼に出るルートになっている。高度計を頼りに2040mまで下ったところまではよいのだが、トラバースの経路が樹林帯で見通しがきかず、方向を見失いがちだ。 |
一ヶ所ピンク色のテープがあって、ここまではOK(と思ったけど、このテープは正しいルート上にないことが帰路で判明)。そこから真東へ進むと雪原が終わって鬼怒沼湿原に突き当たる。しかし、道が無い。湿地を進むわけにも行かないので、雪原と湿原の境界線に沿って北側へ回り込み、登山道を模索する。 |
鬼怒沼湿原は、まだ草花の時期には早すぎるものの、ミズバショウの芽吹きや、ショウジョウバカマの花を楽しめる。池塘の点在する湿原の向こうには、奥白根山がぽっかりと姿を見せていて、ここまでたどり着いた苦労が報われた。誰もいない湿原でこの絶景を独り占めできる贅沢。カッコウの声が響く、のどかな風景だ。鬼怒沼のほとりにあるベンチに腰掛けてコーヒーを淹れ、至福のひとときを堪能する。 |
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10h10mに鬼怒沼湿原を後にし、避難小屋にも立ち寄って偵察してから、鬼怒沼山方面に進む。 |
鬼怒沼山巻き道を過ぎたところで、男性の単独行者と出会う。「まさか人と会うなんて思いませんでしたよ」と言われる。私も同感である。「この先、雪は結構ありますか?」と尋ねると、まだまだ多いとのことだ。「尾瀬沼からいらしたんですか」と聞いたところ、私と同様に鬼怒沼から黒岩山を経て進もうとしたけれど、引き返してきたのだという。うーむ、やはり甘くはないのだ。お互いに「お気を付けて」と言い合って別れる。 |
奥鬼怒トンネル上の稜線は残雪が部分的で道が明瞭。しかし2070m峰の西側を巻くあたりから再び残雪に道が隠れ、磁石と高度計によるナビゲーションを余儀なくされる。厄介なのが峠点に向かう幅広くなだらかな下りの地形。どこが正しい峠点なのか不明瞭で、油断すると稜線を外して沢筋に下っていたりする。そのたびに稜線へ復帰すべく登り返すので、体力を消耗する。 |
12h50mに小松湿原入口の水場に到着。2リットルを給水し、のどを潤す。2043m峰を過ぎると目指す黒岩山が間近に見える。 |
1980mの峠点まで下ってから黒岩清水を探すけど見つからない。ともかく2021mピークの北側にある峠点にはたどり着いたが、ここは稜線がとても幅広く、黒岩分岐へ続くルートがさっぱりわからない。磁石で方向を見定めて登ってゆくと、ピンクのテープを発見。周囲を捜索すると、東西方向に4箇所テープがあるので、きっと黒岩分岐から赤安山へ続くルートに出たのだろうと判断する。標高も2080mで地形図通り。しかし、最も西にあるテープからさらに西北西に続くはずの道が全く分からない。磁石を頼りに進むと、密林が行く手を阻む。それを回避しよう南側から巻こうとすると深い谷に遮られる。ザックを背負っての道探しは疲れるので、テープのところにザックをデポして偵察する。ちゃんと戻れるように、足跡をしっかりつけ、ときどき落ちている枝を雪面に立てて道しるべとして、西へとルートを探す。しかしどうしても密林を突破するルートを見つけることができない。やがて、霧が漂うようになってきて、デポ地に戻るのに不安を感じるようになってきた。 |
16h00mになったところで偵察を打ち切り、ビバークを決断する。デポ地に戻り、雪面を均してにテントを組む。ちょうど設営を終えてテントに潜り込んだところで雨が落ちてきた。早めに決断したのが幸い。体力をかなり使ったはずなのに、ずっと不安な心理だったせいか、あまり食欲がない。「ダイエット登山に最適」とも思ったが、ここはやはり無理してでも食べておくべきだろう。キムチチゲスープに餅を投入した雑煮を胃に流し込み、早々に寝袋に潜り込む。熊が近づかないようにラジオを点けたまま就寝。 6月13日追記: 2週間後の6月6日に再訪したところ、幕営地が黒岩分岐であったことが判明しました。5月22日の時点では黒岩分岐を示す標識が積雪に埋もれていて見つからなかったのでした。 |
0h30m頃に目が覚める。気温は5.7℃と暖かい。外を見ると、薄霧を通して星が見えている。磁石の方角が正しいことを、星の方向で確認する。再び眠りに就き、3h30mにテントをたたく雨音で目が覚める。気が滅入るのを押さえて、ミネストローネスープにサラダスパゲティをぶちこんだ朝食を摂っているうちに、雨が上がってくれた。スイムタオルでテントに着いた水滴を丁寧に拭き取ってから畳む。 |
一瞬霧が晴れて、2019mピークらしき頂きが西方向に見えた。しめた、あれを目指せばいいのだろう。しかしそのピークに進むには、沢にかかるスノーブリッジを越えなくてはならない。おそるおそるブリッジを越え、西に延びる稜線にたどり着いた。これがきっと赤安山2050mへの登りだろう。高度計も2045mを示しているし。ピークを過ぎて下ったコルには赤安清水があるはず。ほら、赤テープと水場を発見。え、昨日見た「小松湿原→」のプレート!?この水場は昨日水を汲んだところではないか。赤安山方面を歩いているつもりが、昨日たどってきた方向に戻っていたのだ。リングワンデリングをやってしまった。軽いパニックを起こし、血の気が引く。落ち着け。水場の冷たい湧き水を飲み、はちみつ飴をなめる。湧き水の中に咲く可憐な水芭蕉を眺めているうちに、冷静さを取り戻す。 |
いったいどう間違ってしまったのだろう。赤安山と思ったピークは2043m峰。2019m標高点と思ったのは2021m標高点だったようだ。まだ7h30mだし、もう一度黒岩山方向に進んでみて、間違った道を検証するとともに、あわよくば正しい道を見つけ出して赤安山方面に進んでみたい。 |
2043m峰を通って1980m峠点を越える辺りで、黒岩清水と見られる水流を発見。さっき越えたスノーブリッジはこの下流に当たるようだ。ここから黒岩分岐に向かうも、昨日と同様に密生した樹林に阻まれて、やはり西北西に進むルートをたどることができない。時刻も8h00mを過ぎていて、そろそろ時間切れで引き返さなくてはならないので、断念した。4たび2043m峰を通過し、帰り道をたどる。 |
何度も通った道はさすがにもう迷うことはない。小松湿原入口の水場を8h40mに通過して、2055mピークの北面を巻き、稜線沿いの道を忠実にたどる。鬼怒沼山への急登から、歩くはずだった袴腰山方面の稜線を眺め、再挑戦の意欲をかき立てられる。突然、足下をルリビタキらしい青い鳥が横切り、危うく蹴飛ばしてしまうところだった。気を付けてね。 |
10h29mに鬼怒沼山への登頂ルート取付きに到着。折角だからザックをデポして行ってみよう。雪道でもないのに過剰なほどの赤テープが付けられているのは皮肉だ。10h38mに標高2140.8mの山頂に到着。木々に覆われて展望もないので、早々に山頂を立ち去る。 |
デポ地から鬼怒沼湿原・物見山と越えて大清水にたどり着くまでには、まだ2ヶ所の懸念がある。鬼怒沼山−鬼怒沼湿原間と、鬼怒沼湿原−物見山間で、どちらも残雪豊富な樹林帯の中、昨日道を見失ったところだ。鬼怒沼湿原までは地形が変化に富むので、峠点を結ぶように方向を定めて歩けばなんとかルートを失わずに済んだ。ただ、到着したのが目指す丁字路でなく、避難小屋であったが…。避難小屋で人の声がする。夫婦と思われる中年の二人連れのパーティに会った。私が「こんなところで人に会うとは思いませんでした」と言うと、「私達もです」と、昨日単独行者に会ったときと同じような会話になってしまった。奥鬼怒温泉方面から日帰りで鬼怒沼散策に来たとのこと。 |
尾根沿いの急坂をひたすら降りる。途中、雨がポツポツと落ちてきたが、雨具着用をためらっているうちに止んでしまった。モラトリアムが功を奏することもあるものだ。湯沢徒渉点の丸木橋を13h50mに恐々と渡り、あとは林道歩きだ。林道の途中で、斜面に分け入って山菜を採っている男性に遭遇。ここは日光国立公園の指定地域であり、植物の採取は禁止のはず。「ここは植物の採取は禁止ですよ!」と呼びかけて注意したら降りてきた。たくさん採った山うどやワラビを袋に抱えている。渓流釣りに来たのだという。土地所有者の尾瀬林業に返すよう促したが、悪びれもせずにその場に山菜を捨てて、渓流へと行ってしまった。 大清水橋を渡る手前にきて、雨が再び降り始めた。本降りになる直前、14h30mにレストハウスに帰り着けてよかった。16h00m発の新宿行バスで帰路に着く。 |
残雪に道を失い、ルートファインディングに全神経を集中した二日間。目的は達成できなかったけど、貴重な経験ができた。予定調和でない、こういう山歩きも悪くはないと思った。残雪が消える頃にもう一度訪れて、「正解」を探してみたい。 |